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【公園三昧】
神保町愛全公園 -周恩来ここに学ぶ《公園三昧:第14回》

2008年3月25日

今回は、本の街神保町にある「神保町愛全公園」を探訪します。神保町から水道橋の方に向かうと、大盛りの料理を出す定食屋がたくさんあります。多くのお店のメイン料理が揚げ物。大学がたくさんあるこの町には、たくさん食べる学生のために、高カロリーなお店が多いようです。私も、揚げ物が食べたくなると、学生や、若手サラリーマンに混じってこの町へ食べに行きます。ちょっと話がそれてしまいました、話を戻します。

このように今でも学生街のこの町は、昔から多くの人が学んだ町でもあります。なかでも有名なのは周恩来氏が神保町で学んでいたということ。この公園内にはこんな石碑が建っています。「周恩来ここに学ぶ」と。

「周総理は1917年(大正6年)に、19歳で日本に留学、この地(当時は、神田区中猿楽町)にあった東亜高等予備学校(創立者・初代校長=松本亀次郎)で日本語を学び、大学進学の指導を受けました。そのころ、日本政府の対中国政策に反対した松本亀次郎校長の心情にも影響を受け、1919年(大正8年)には帰国して天津の南開大学に学び、新中国の建設に身を投じました」(記念碑より)

この時代、中国から多くの人が日本に来て、この地で学び勉強したといわれています。当時は、中国人留学生が住む寮もたくさんあり、その名残が、今でも神保町でみることができます。「新世界菜館」、「揚子江菜館」「三幸園」、「咸陽楼」など有名な中華料理店が数多く軒を連ねているのは、この頃の影響を受けてのことでしょうか。

東亜高等予備学校の跡地が神保町愛全公園で、西洋風の公園です。噴水のオブジェも華やかで、ビルの谷間でとても気持ちのよい時間を過ごすことができます。
近くの中華料理屋で中国を味わい、近くの書店で本を買い、
歴史的な場所でもあるこの公園で、中国についてちょっと紐解いてみませんか?


(碑文全体を転記します。)
周恩来ここに学ぶ(周恩来曽在此求学)
----東亜高等予備学校跡----
日中両国の人々が敬愛する周恩来総理は、1898年(明治31年)3月5日江蘇省淮安に生まれました。周総理は1917年(大正6年)に、19歳で日本に留学、この地(当時は、神田区中猿楽町)にあった東亜高等予備学校(創立者・初代校長=松本亀次郎)で日本語を学び、大学進学の指導を受けました。そのころ、日本政府の対中国政策に反対した松本亀次郎校長の心情にも影響を受け、1919年(大正8年)には帰国して天津の南開大学に学び、新中国の建設に身を投じました
周総理生誕100年・日中平和友好条約締結20周年にあたり、東亜高等予備学校の跡地であるこの場所に、周恩来が学んだことを示す記念碑を、千代田区の歴史の一コマとして建立します。日中友好の気持ちをこめて・・・・・。 千代田区日中友好協会