【公園三昧】
国会前庭(北地区) -戦前は軍事拠点、戦後は平和と憲政の象徴《公園三昧:第13回》
今回訪れたのは国会議事堂の前にある庭園です。名前はそのものずばりの“国会前庭”。国会正面の道をはさんで、南地区と北地区があります。南地区が和式庭園、北地区が洋式庭園です。現在、南地区の和式庭園は工事中で、行っても工事現場の見学になってしまいますので、今回は北地区をご紹介します。
まずは歴史から。この場所は、江戸時代の初めのころは知勇兼備の武将として名高い加藤清正(かとうきよまさ)の屋敷、その後井伊彦根藩の上屋敷となりました。幕末の大老井伊直弼は、この屋敷から内堀沿いに桜田門に向かう途中で“桜田門外の変”に遭い、暗殺されたのです。公園の東側から皇居のほうを眺めると、桜田門がすぐそこに見えます。明治になってからは、政府の弾正台、参謀本部、陸軍省とぶっそうなお役所があったのだそうです。しかし、戦後は衆議院の所管となり、現在のような洋式公園に整備されました。
国会の真ん前という場所にありながら、緑はとっても豊富です。いろんな種類の桜が植えられており、今日はオオカンザクラの大木がとってもキレイにピンクの花を咲かせていました。もうひとつ有名なのは公園内にある“はなみずき”です。“はなみずき”の花言葉は“返礼”で、尾崎行雄が東京市長を務めていた時に、アメリカ(ワシントンとニューヨーク)に桜の苗木を送った返礼として、アメリカより“はなみずき”が初めてもたらされ、日本中に広まったのだそうです。
公園の北側には“憲政の神様”といわれた尾崎行雄(おざきゆきお)の業績を称え憲政記念館が建てられています。憲政記念館には何度か足を運んだことがありますが、ここが公園の一部であると今回初めて知りました。
憲政記念館が建てられるのと同時に、公園内には立法、行政、司法の三権分立を象徴する時計塔が建てられました。尾崎行雄は非常に時間に正確であったため、最初の時計はスイスから贈られたものであったと説明されています(現在は国産のもの)。また、公園内には日本の高低測量の基準点である日本水準原点のある建物が建っています。これは参謀本部陸地測量部があったことに由来しますが、この場所の標高は24.4140mだそうです。
この公園に行くと、戦前までは日本の軍事の拠点として、そして戦後は平和と憲政を象徴する場所として存在してきたことが感じられます。霞が関や永田町に仕事で行かれた際に、ちょっと立ち寄り、歴史の流れを感じるのはいかがでしょうか?








