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日本カメラ博物館

2006年7月26日

いろいろな産業別団体(**工業会・**事業組合…等)や個別企業がその事業の歴史・現状などについて展示しつつ、PRを図るために産業博物館や企業館を運営しています。ある商品または事業の誕生から現在に至る歩みが工夫をこらして展示されている訳ですが、そこにはビジネス一般に通じるヒントが隠されているかもしれません。
…このような期待を込めてスタートした「企業・産業PR施設探訪」ですが、第1回は日本カメラ博物館です。

日本カメラ博物館は千代田区一番町にあります。英国大使館の裏手と言った方が判りやすいかもしれません。ビルの地下1階ワンフロアを占めるこじんまりとした博物館ですが、世界最初のカメラ「ジルー・タゲレオタイプ・カメラ」を始めとして「映画『ローマの休日』でグレゴリー・ペック演ずる新聞記者が王女を盗撮する際使用したライター型カメラ」、「旧ソ連邦製造のスパイ用カメラ」といった珍品が展示されています。
しかしながら、展示の目玉と言うべきは明治時代から現在に至る各種の日本製カメラのコレクションです…世界に冠たるカメラ王国なのですね、日本は。

世界初のカメラ(写真機)はフランスでつくられました(1839年)が、その後、イギリス、ドイツ、アメリカ…等の各国が世界のカメラ製造をリードするようになり、日本製カメラといっても戦前から戦後の1950年代くらいまでは、「欧米製カメラの
模倣」の域にありました。特に戦後の「安値」を売り物にしたカメラ輸出に対しては、「安かろう・悪かろう」という批判を受けたため、「輸出品の品質を改善し、海外における評価の維持・向上をはかるため」輸出検査法(1957~1989年)に基づく製品検査が実施されました。このための検査機関であった(財)日本写真機検査協会(Japan Camera Inspection Institute:JCII)が現在、日本カメラ博物館を運営している(財)日本カメラ財団(Japan Camera Industry Institute:JCII)の前身です。このような経緯もあって数千台のカメラコレクションが蓄積されたようです。

ダンピング輸出・模倣品…と批判された日本製カメラですが、1960年代後半になる高品質品としてドイツ製カメラを圧倒するようになります。カメラ工業界全体で「プロジェクトX」を達成したようなものです。この結果、名機ライカM3で有名な
独・ライツ社がスイス企業に株式譲渡したり(1974年)、独・ベルギー合弁のアグファ・ゲバルト社がカメラ部門から撤退する(1983年)という事態までおこります。
明治時代の手工業製品的なカメラから現在の最新鋭機までが勢揃いした展示を見ていますと、このような日本製カメラの劇的な歴史を物語っているように思えます。

「世界を制した日本製カメラ」ですが、現在、大きな転換期に差し掛かっているようです。ご案内の通り、「フィルム」が消滅しようとしているのです。タゲレオタイプ・カメラ以来、一貫してカメラとは「画像を感光材上に固定する光学機器」であった訳ですが、急速なデジタル化が進行しています。
今年の1月、コニカミノルタ社は「カメラ事業は㈱ソニーに譲渡し、カラーフィルム・カラー印画紙等フォト事業は2006年度中に終了する」と発表しました。また、㈱ニコンは「フィルムカメラ部門を大幅に縮小しデジタルカメラ部門に集中する」と発表しました。

日本のカメラ工業界は更なる「プロジェクトX」に直面しているのかもしれません。