第6回 川越市 小池 賢一さん
天下祭の伝統を受け継ぐ川越まつり
-10月14日(土)15日(日)-
慶安元年(1648年)徳川家光の時代、第14代川越城主・松平伊豆守信綱が、氷川神社に神輿二基・獅子頭二頭・太鼓等祭具を寄進し、同四年(1651年)に神幸祭を遂行したのが川越氷川神社の祭禮「川越まつり」の始まりと伝えられています
氷川神社の例大祭は10月14日の午前10時より執り行なわれ、その前日の夕刻16時より氷川神社の拝殿に於いて、各参加町の宰領達が集い「祭禮初めの儀」として「笠渡しの神事」が行なわれます。
翌日は午前10時より神幸祭の行列が神社を出御し氷川神社へ還御します。この神幸行列の後ろに各参加町の山車が供奉したのが「川越まつり」の原点です。
この行列が江戸時代に将軍公認の祭りとして、盛大に繰り広げられていた「天下祭(日枝山王祭り、神田祭り)」の伝統と形態を、今日もなお受け継ぎ、残しているということです。
祭りのクライマックス「曳っ交わせ」
目に見えない神が人の姿として宿った人形(ひとがた)=「山ノ神」の乗り物を「山車」といい、神を頂いた「山車」がその姿を町人に見せながら他町の神々との出会いの為に出かけるのが「山車の曳行」で、その最高の見せ場が「曳っ交わせ」です。
「曳っ交わせ」とは、市内の四つ辻(交差点)や通りで山車がすれ違う際、山車の正面を向き合わせ、各々の囃子と舞いで相手町を称え、象徴であり御神体である人形同士に挨拶させることを言います。その時の囃子方の熱の入った打ち合いや、曳き手、観衆の声援が一体となった時、川越まつりが最高潮に達するのです。
天下祭から川越まつりへ発展
川越の山車は、「日枝山王祭り」「神田祭り」の江戸型山車の様式を取り入れながら変遷を重ね、現在の川越型と呼ばれる山車になりました。
川越型の特徴は、上層の御神体である人形が上にせり出し、囃子座に欄間や唐破風屋根がつき彫刻が施されている点や、井桁台(せいごだい)の上に乗る、360度回転する回り舞台などに見られます。
山車は各町会で所有しており、町名や人形の名前で呼ばれます。現在、祭りに参加できる山車は29台有り、そのうちの13台が昨年(2005年)2月には国指定・重要無形民俗文化財に指定を受けました
千代田区からもお誘いを受け、江戸天下祭の山車・神輿の順行に2台の山車が参加させていただきました。今後もこの様な交流の場に積極的に参加し、伝統文化の継承に努めていきたいと思います。
(2006.9.28 小池 賢一 記)
華麗な中にも個性が光る川越型山車
提灯の光に映えて囃子と歓声が入り乱れる「曳っ交わせ」
代々宰領を勤める小池賢一さん









