第3回 熊谷市 新島章夫さん
関東一の祇園 熊谷うちわ祭(7月20日・21日・22日)
関東一の祇園と謳われ例年70万余の観衆を集める"うちわ祭"は埼玉県熊谷市で、7月20日から3日間開催されるます。さんてこ囃子に乗った勇壮な山車祭りで初日20日は、早朝本宮を出た御神輿が市街地10.5kmを一巡し、町中央のお仮屋(お祭り広場)に安置され、その後、各町ごとに山車、屋台が曳き出されます。
翌21日は主要道路の国道を歩行者天国とし、年番町を先頭に12台の山車が整列、3時間に亘る巡行が豪華絢爛に繰り広げられます。同夜は広い国道をふんだんに使い次々と、ところを替え曳き合せが繰り返されます。
最終日夜は大観衆に埋まったお祭り広場に12台の山車が四方から集結し祭りの最高潮を迎えます。暫し叩き合いの中、一本の拍子木で囃子が打ち切られ、静寂の中木遣り奉納、年番送りと儀式が進みます。囃子の再開と共に解散となり順次帰路に付く囃子は何か一抹の寂しさを残し、何とも趣き深いものがあります。その後午前0時を期し、御神輿が本宮に還御し祭りが終了します。
八坂祭典 熊谷うちわ祭の歴史
うちわ祭は当地に鎮座する八坂神社(文禄年間、京都八坂神社を勧請)の祭禮で、祇園祭・天王様と呼ばれています。天保時代が祭りの中興と云われ商店で疫病除けの赤飯を客にもてなし"熊谷の赤飯振舞い"と祭りの名物になりました。
明治24年には江戸神田から購入した山車が曳き出され、その後各町が競って山車製作に取り組み、現在の山車祭りへと発展しました。
うちわ祭りの起こりは、山車購入後間もなく各商店が手間のかかる赤飯の代わりに日本橋伊場仙から仕入れた渋うちわを振まったところ、評判を呼び「買物はうちわ祭の日」と云われるようになり、疫病退散、五穀豊穣を祈った祭りも商売繁昌をも祈願する祭りとなりました。
天下祭が呼び寄せた千載一遇の出会い
平成15年江戸天下祭に前述した神田から購入した「戸隠の山車」が千代田区より招聘され112年振りの里帰りを成し、首都東京にその勇姿を見せ華々しく千代田順行が行われました。更には決してあり得ないと思われていた戸隠山車人形、手力男命(たぢからおのみこと)が江戸の昔、本来乗っていた台車(鴨川市山王講の山車)と一世紀振りの対面を果たしたことは正に天下祭ならではの千載一遇の出来事でした。
翌年は丸ビルに地元の英雄、日の本一の剛の者と称えられた熊谷直実公の人形が展示され、引き続き昨年の江戸天下祭には、戸隠山車購入より丁度100年後に製作された雄々しい姿の直実公の山車が曳き出されました。このことは天下祭が一世紀を越え各地に引継がれ、今尚江戸の心が脈々と息衝いている証しであります。
天下祭は各地との祭禮文化の交流を生み、互いが祭りの大切さを改めて考え直す大きな礎となりました。千代田区の江戸天下祭復活への英断に深謝し御礼申し上げる次第です。
(2006.5.10 新島章夫記)
国道上に山車が勢揃いして、勇壮な叩き合いがはじまる 於:熊谷市
千代田区の田畑氏と、満面の新島氏(写真右)
丸の内仲通りを順行する「熊谷直実公」の山車









