江戸開府400年を記念して江戸天下祭が復活をとげた!
江戸時代、神田神社の「神田祭」と山王日枝神社の「山王祭」はその豪華さや、行列が江戸城内に入り徳川将軍家の上覧を受けたことから「天下祭」 と呼ばれていました。
江戸城下の町内から山車、屋台、造物やお囃子、踊りなどが練り歩き、「神田祭」では36台、「山王祭」では45台が江戸城下を順行し、その趣向が常に江戸で話題になったと伝えられています。 しかし、明治に入って近代化が進むと、都電の開通などで高さ5mを超える山車を引くのは難しく、東京の祭から次第に姿を消していきました。 地方に流出したものもあれば、関東大震災や戦争で喪失したものもあったと言われています。明治22年、憲法発布を記念して山車100台が皇居前に集結したのを最後に順行が行われなくなりました。
平成15年に江戸開府400年を記念して江戸天下祭が復活しました。その後、多くの人の要望で「江戸天下祭」は継続して隔年で実施するようになりました。
江戸の「華」とまで称された天下祭。 そこには祭を愛する人達の熱い思いが込められています。 そこで、江戸天下祭等、お祭りで繋がる地域の人々の祭に対する思いと千代田区との関わりなどを語ってもらいます。